帯山の楓(ホンダ スーパーカブ50との日記)

81年式Honda super cub 50 DX(C50DB) オレンジ色のカブを入手『帯山の風号』と命名 82年式史上最強のHonda super cub 50 SDXをその後入手したので『帯山の颯号』と命名97年式Honda super cub 50 custom4速セル付 を入手『帯山の飆(つむじかぜ)号』と命名飆号(つむじかぜ)号はお嫁入りしました。

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カブで木山城跡へ  

益城総合体育館の近くに

城跡があります。p(^^)q


木山城跡はGoogleマップに出てます。



木山城跡



小高い丘になっており

木山氏の居城です。


この辺りは

熊本市と益城町の境あたりで

阿蘇氏の勢力内で兵糧の供給地、また、

隈本への交通の要でもありました。



こちらの木山氏の血を引くのが

木山弾正です。p(^^)q


最初にこの方の名前を見たのは

天草でした。


加藤清正と小西行長が天草士族

反乱を鎮圧しに向かうわけですが

その際、加藤清正と一騎打ちしたのが

木山弾正です。

しかし、木山弾正は敗れてしまいます。


さらに物語はつづきます。


木山弾正の奥方が

鎧兜姿に身を包み、夫の仇と

勇猛果敢に加藤清正軍に

突っ込んで行くのです。

一瞬、たじろぐ加藤清正軍

しかし、

近くにあった梅の枝に

兜が引っ掛かり落ちてしまいます。

その下からは女性の長い黒髪が姿を

表し、

女性であることがバレてしまい

返り討つにあってしまいます。



このときの梅が代々受け継がれ、

今も天草の本渡に

『兜梅』と名付けられ残されております。


まだ、この話は続きますよ!


木山弾正と奥方の息子が

横手の五郎です。

横手の五郎は加藤清正に仇討ちをするべく

熊本城築城の折り、労働者として

潜り込みます。


横手の五郎はたいそう力持ちで

何人かかっても持ち上げられない

石をひょいと持ち上げたそうで

その石(首かけ石)も現在熊本城内にあります。


しかし、仇討ちを目論んでいることが

バレて熊本城内の井戸を掘る際に

横手の五郎に井戸の底での作業を命じ

上から石を落とし生き埋めにした

という逸話があります。


そのような木山弾正のルーツが

この城です。


今では公園になっており

堀や石垣は確認できませんでした。

今では地域の方の憩いの場として

活躍しております。p(^^)q


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Posted on 2016/04/12 Tue. 00:00 [edit]

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