帯山の楓(ホンダ スーパーカブ50との日記)

81年式Honda super cub 50 DX(C50DB) オレンジ色のカブを入手『帯山の風号』と命名 82年式史上最強のHonda super cub 50 SDXをその後入手したので『帯山の颯号』と命名97年式Honda super cub 50 custom4速セル付 を入手『帯山の飆(つむじかぜ)号』と命名飆号(つむじかぜ)号はお嫁入りしました。

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted on --/--/-- --. --:-- [edit]

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

カブで赤井城跡へ  

木山城跡のすぐそばに



赤井城跡はあります。\(^o^)/

こちらはGoogleマップでは出てきません

日枝神社で出てきます。p(^^)q



こちらの城は木山城の出城です。

最初入り口がわからず

ウロウロしちゃいました。



赤井バス停の前の道から行けます



途中、民家の横を通り

坂道を登っていくと



日枝神社の鳥居があり、



野面積みの石垣があります。



山頂(本丸)には

日枝神社の拝殿がありました。

昔は平屋敷があったのでしょう



一部、展望の良いところがあります。



遠くに金峰山が拝めます。



離れて観るとこんもりした雑木林

ですが、周りには

堀や土塁が築かれております。


土地に歴史ありですな~ p(^^)q

にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

Posted on 2016/04/15 Fri. 00:00 [edit]

category: 歴史

tb: 0   cm: 0

カブで木山城跡へ  

益城総合体育館の近くに

城跡があります。p(^^)q


木山城跡はGoogleマップに出てます。



木山城跡



小高い丘になっており

木山氏の居城です。


この辺りは

熊本市と益城町の境あたりで

阿蘇氏の勢力内で兵糧の供給地、また、

隈本への交通の要でもありました。



こちらの木山氏の血を引くのが

木山弾正です。p(^^)q


最初にこの方の名前を見たのは

天草でした。


加藤清正と小西行長が天草士族

反乱を鎮圧しに向かうわけですが

その際、加藤清正と一騎打ちしたのが

木山弾正です。

しかし、木山弾正は敗れてしまいます。


さらに物語はつづきます。


木山弾正の奥方が

鎧兜姿に身を包み、夫の仇と

勇猛果敢に加藤清正軍に

突っ込んで行くのです。

一瞬、たじろぐ加藤清正軍

しかし、

近くにあった梅の枝に

兜が引っ掛かり落ちてしまいます。

その下からは女性の長い黒髪が姿を

表し、

女性であることがバレてしまい

返り討つにあってしまいます。



このときの梅が代々受け継がれ、

今も天草の本渡に

『兜梅』と名付けられ残されております。


まだ、この話は続きますよ!


木山弾正と奥方の息子が

横手の五郎です。

横手の五郎は加藤清正に仇討ちをするべく

熊本城築城の折り、労働者として

潜り込みます。


横手の五郎はたいそう力持ちで

何人かかっても持ち上げられない

石をひょいと持ち上げたそうで

その石(首かけ石)も現在熊本城内にあります。


しかし、仇討ちを目論んでいることが

バレて熊本城内の井戸を掘る際に

横手の五郎に井戸の底での作業を命じ

上から石を落とし生き埋めにした

という逸話があります。


そのような木山弾正のルーツが

この城です。


今では公園になっており

堀や石垣は確認できませんでした。

今では地域の方の憩いの場として

活躍しております。p(^^)q


にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村

Posted on 2016/04/12 Tue. 00:00 [edit]

category: 歴史

tb: 0   cm: 0

カブで二重峠へ  

暇を見つけて

ちょいと行ってきましたよp(^^)q

西南の役の激戦地!!

豊後街道の阿蘇へ通ずる道、二重峠です。





大津方面から来ると

赤水駅先から左折です。


こちらの道は現在の国道57号線が

できる明治15年まで主要道路として

使われていた道です。



江戸時代は参勤交代にも

使われていた道で

阿蘇の火山灰土により雨の日は

たいへんぬかるみます。

ですので

当時の大津の農民の方々のご苦労で

石がひきつめられております。





明治10年の西南の役の折も当然、

この道が主要道路なのです。


大分から上陸し、阿蘇の北側を進軍、

率いるは桧垣小警視長隊!!



南側を進軍したのがこの間の記事で

書いた佐川官兵衛隊です。


二重峠は阿蘇方面から熊本市方面へ

軍隊を率いて通る道としては

これしかなかったのです。


赤水から一気に外輪山へかけ上る急勾配!



現在、舗装道路が造られておりますが

それもつづら折りになり、

原付一種にはつらい勾配です。



このような地形は上に陣取った方が

有利なのは鉄則です。

すなわち

待ち構える薩摩軍、有利!!

結果も官軍は滝室坂まで

撤退ということとなります。p(^^)q


このような場所も激戦地だったとは

(゜m゜;)


二重峠は上の現在ミルクロードまで

石畳が続いております。



よく通る道なのですが

今まで知りませんでした。(ノ´∀`*)





二重峠の上の入り口は

ラピュタ道の近くになります。p(^^)q


参勤交代では殿様の籠を担いで

二重峠を登り、降りし!

西南の役では

激戦が繰り広げられ!

多くの人の

食料や知識などが熊本の地に運ばれ!

多くの農民の力で石畳が作られた

二重峠!

今ではひっそりとした二重峠!!

いろいろ考えちゃいます。(ノ´∀`*)



見に来て良かった\(^o^)/

にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村

Posted on 2016/04/11 Mon. 00:00 [edit]

category: 歴史

tb: 0   cm: 2

佐川官兵衛に会いに!!  

佐川官兵衛は鬼の官兵衛または

鬼佐川と薩摩軍からは呼ばれておりました。

この名前がわかる方はかなりの

歴史好きの方ですp(^^)q



会津藩出身、

鳥羽伏見の戦いにて孤軍奮闘、

経歴を書けば

長くなりますので

詳しくはWikipedia(佐川官兵衛)にて!



私も「八重の桜」にてその存在を

知りました(ノ´∀`*)



実は佐川官兵衛が殉職(討死)されたのが

南阿蘇なのです。

ケニーロードから

久木野に降りて旧長陽へ

そこに西南の役公園があります。



県道149号線沿い



京大火山研究所の入り口にあります。





公園には鎮魂の石碑があります。



少し離れたところに

佐川官兵衛の討死の地があります。







こちらの討死の地には

会津の旗がたなびいておりました。



西南の役の激戦地は熊本城や

田原坂だけではありません。

この地も激戦地!

二重の峠も激戦地!



大分から上陸した官軍が

滝室坂を降りて

北側と南阿蘇側に別れ進軍します。

南阿蘇側を通ったのが佐川官兵衛率いる

有志隊を含めた200名!!

この県道149号線は昔からある道で

この先、赤水から二重の峠続きます。

そして、現在のミルクロードに出て

熊本城へというのが官軍の進軍ルート

昔の豊後街道です。p(^^)q


薩摩軍は佐川官兵衛隊と北側の隊(桧垣隊)が

合流する前に

この地にて待ち構えていたのでしょう。


次回は二重の峠に行きますp(^^)q

にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村

Posted on 2016/04/08 Fri. 00:00 [edit]

category: 歴史

tb: 0   cm: 0

田中城跡からの帰路  

田中城跡へ

田中城跡の入り口

の続きです。\(^o^)/

主郭に上がりましたら

ちゃんと駐車場があります。(ノ´∀`*)

ここまで車でこれるようです。


周りを見渡すと

舗装道路もあります。(≧▽≦)



緩やかな道が続いてます。

途中に山桜も咲いてます。



合戦当時はこの穏やかで静かな里は

豊臣の一万の軍勢に囲まれ

陣旗がひしめきあっていたことでしょう



舗装道路を下って行くと



ちゃんと標識もあるし

駐車場や公衆トイレもありました。

私が直登した所の反対側にあたります。



矢印の箇所になります。


こちらの公衆トイレで懐かしいものを

見つけました。\(^o^)/

それはこれ↓



これの使い方が分かる方は

私より年上か同年代です。\(^o^)/


使い方は

水洗トイレではないトイレの場合



トイレで用をたしたあと

下部の突き出た金具を手でぐっと

押し上げると上に貯めてある

水がジョウロのように出てきて

手を洗う道具です。p(^^)q


ちなみに私がカブを停めたのは下記に

なります。



県道4号線から来ると分かりにくいので

要注意ですよ(ノ´∀`*)



帰路は県道195号線で山鹿市経由で

帰ります。

すると

ドライブインうわさがありますから

そちらで昼食をガッツリ食べましょう

\(^o^)/



しかし、



Orz





売り上げ低迷と高齢化により

47年間続けてこられた

ドライブインうわさは店じまいして

おりました。

残念無念です。m(。≧Д≦。)m


ショックを引きずって

昼食は食べずに家まで帰り着きました。

(ToT)



にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村

Posted on 2016/03/15 Tue. 07:00 [edit]

category: 歴史

tb: 0   cm: 0

プロフィール

リンク

since July 2012

現在閲覧者数

フリーエリア

フリーエリア

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

カレンダー

記事ランキング

最新コメント

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

QRコード


▲Page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。